今朝は中国地方と北陸の梅雨入りが天気予報で発表されましたね。関東も今後、雨の降る日が増えそうです。涼しくなると過ごしやすいのですが。最近、ラジオ体操をからだの痛みが少ない日には行っています。教育テレビの朝6時半からのものをNHKプラスを利用して行っていますが、心拍数も適度に上がり、夏も近づくなかで汗もにじむ中々の良い運動となっています。
今朝は箴言4章を読みました。その中でふと感じ、また考えさせられたことですが。
「知恵」や「知識」と聞くと、知的なことだけに注目しがちになりませんか。さらに、信仰が「心の平安」「心のきよさ」と内面的なことに限定されがちになります。もちろん、内面は大切ですが、それだけが強調されると危ういものになるのではないかと。
箴言4章の20節から27節には、からだの様々な部分がとりあげられています。(箴言4:20)「耳を傾けよ」、(21節)「目から離さず」「心のうちに保て」、(22節)「いのちとなり」「全身を健やかにする」、(23節)「心を見守れ」「いのちの泉はこれからわく」、(24節)「偽りを言う口」「曲がったことを言うくちびる」、(25節)「あなたの目は前方を見つめ」「あなたのまぶたはあなたの前をまっすぐに見よ」、(26節)「あなたの足の道筋に心を配り」、(27節)「あなたの足を悪から遠ざけよ」、耳、目、心、いのち、全身、口、くちびる、まぶた、足とからだのぞれぞれの部位が、父が語る知恵のことばに従って行動することの大切さが、命じられています。
つまり、知恵のことばは私たちが自分のからだ全体をもって何を行うべきかについての指針を与えているのです。
楽器の演奏をするにしても、武道を修めるにしても、あるスポーツに長けるようになるにしても、理論だけでは不十分ですね。からだ全体をどのように動かすか、訓練を積み重ねてはじめて、それぞれの分野で成長し知恵を発揮することができます。そのためには自分にとっては「当たり前」の動きを修正する必要がでてきます。そして、からだの動きを修正し、それを習得してはじめて、卓越した者となることができるのです。
そのように知恵もそうなのです。(箴言4:22)「見いだす者には、それはいのちとなり、その全身を健やかにする」というのは、間違いではありません。
しかし、時として箴言が勧める生き方は、私たちのこれまでのからだの動かし方とは異なることを求めます。ですから、最初は難しくても、知恵が教えるからだの動かし方を身に付ける訓練が必要です。そうすれば、いつかは、からだ全体が、知恵のことばに従って動くようになるのです。
今朝の祈り
からだを造られた主なる神様、みこころに従ってからだ全身を動かせるように導いてください。