今朝のニュースで「モトスマリモ」なるものの発見が全国で相次いでいると報じていました。今年3月に国立科学博物館が発表したことをきっかけに、全国から国立科学博物館に情報が寄せられ、同じ「マリモ」が東京や大阪、大分からも見つかったそうです。今回のケースについて、国立科学博物館の辻彰洋研究主幹は「シチズン・サイエンス」と呼ばれる、市民と科学者が協同して科学的な調査を行う取り組みの良い例だと述べられています。
教会でも、「シチズン・サイエンス」ならぬ「シチズン・バイブル」と呼べばよいのでしょうか。聖書の学びを牧師や神学者だけに任せずに、信徒の方やあらゆる方々に取り組んでいただけると、神もお喜びになられるのかなと思いました。
今朝は箴言8章を読みました。その中でふと感じ、また考えさせられたことです。
天地創造の初めから主なる神と共にあった知恵の独白が箴言8章22節から31節に記されています。
知恵は、あらゆるものの前から神と共にありましたから(箴言8章23節)、神の創造のわざのすべてを目撃し、その創造に関わっていました。そして、天、地、海、神の中の水の源、山、丘、空、地の基、すべてがどのように造られたかを知っています。
(箴言8章28節)「深淵の源」と呼ばれる海は、力強い存在で、世界に脅威を与える可能性を、持っています。しかし、神は(箴言8章29節)「海にその境界を置き、水がその境を越えないようにし」ましたから、その境界線を守っている限り、地上には安全が保たれていました。
知恵が語る世界の姿は、箴言の聞き手である若者が住んでいる世界とよく似ています。
現代も、様々な力あるもの(金、権力、性)が私たちを誘っています。その誘いの行き着く先は死です。しかし、知恵のことば、聖書のみことばは、越えてはならない境界線を私たちに教えます。そして、私たちをいのちへと導きます。みことばの境界線内にいれば、安全です。
今朝の祈り
境界線を与えてくださる主なる神よ、境界線というあなたの賜物に生かされますように。