葛西説教20231022①
1.テキスト「Ⅰ列王記17章」
2.タイトル「神の人として生きる」
3.中心聖句「Ⅰ列王記17章1節」
「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。」
4.本文「神の人として生きる」
序)「神の人エリヤ」
紀元前9世紀前半、北イスラエルを中心に活躍した預言者エリヤは、神の人とも呼ばれています(17:18、24など)。神によって立てられ、神から大きな力と権威を与えられた人物です。彼が主の御手の中で大きく用いられた秘訣は何でしょうか?
それは三つあると言われています。一つは「信仰の人」、二つ目は「従順の人」、三つ目は「挑戦の人」です。
ですから、エリヤは何度も「主は生きておられます」と。彼の内には、人の力を超えた所で働かれる生ける神への信仰が満ちていました(ヤコブ5:15-18)。また、彼は自らを「神のしもべ」とし、自分の思いにではなく、神のプランに従う姿勢を貫いた人でした。そして、人間としての弱さを覚えることもありましたが(19:4)、神に力づけられ、立ち上がり、猛烈な戦いに挑戦し続けました。さあ本日も聖書から、神の人エリヤの「信仰の人」「従順の人」「挑戦の人」を教えられ、私たちも神の人として生きようではないでしょうか。
本論)「神の人として生きる」
Ⅰ.「聖書の要約」(Ⅰ列王記17章)
本日の聖書を要約しますと。ソロモン王が死んだ後、イスラエル王国は南ユダ王国と北イスラエル王国に分かれ、何かと戦っていました。そのころの王のほとんどは、神を信じない王で、特にアハブとその王妃イゼベルは最悪でした。彼らはバアルという偶像を礼拝し、宮殿でその祭司を雇い、国民にも拝ませていたのです。そんな時、エリヤは、アハブ王に向かって、「私の仕えているイスラエルの神が、わたしのことばのないうちは、2、3年は霜も雨も降らないと言われる」と、恐れずに宣言しました。
すると、神が「ヨルダンの東にあるケリテ川のそばに身を隠しなさい。飲み水は川から飲み、食べ物はカラスが運ぶようにしてある」と告げられました。エリヤはすぐに、神のことばに従い、ケリテ川に行きました。すると、カラスが数羽、朝と夕方に飛んできては、肉を運んでくるのです。エリヤは、神の言われた通り、その場所で川の水とカラスの運ぶ食糧で養われました。
その後も、雨が全く降らない日が続きました。しだいにケリテ川の水も少なくなり、とうとう涸れてしまいました。すると神は、再びエリヤに「今度は、シドンのツァレファテに住むやもめが、あなたを養うようにしている」と告げられたのです。エリヤは直ちにツァレファテに向かいました。そして町の門のところで、神の約束された女性に会うことができました。ところが、この女性は、一握りの粉と少しの油しか持っていません。それを最後の食事にして、子どもと一緒に死のうとしていたのです。そこでエリヤは、「心配しないで、まずわたしに一口のパンを作ってください。それから自分たちのために用意してください。そうすれば、神が再び雨を降らせる時まで、あなたの家のかめの粉もビンの油も尽きることがない」と言われます。彼女はさっそく、エリヤのことばに従いました。すると神の約束通り、使っても、使っても、粉と油はなくなりません。そして、この後エリヤと女性の家族は、その粉と油で養われたのです。
この不思議な出来事の後に、女性の子どもが重い病気にかかって死んでしまいました。そこでその女性はエリヤに「飢えて親子で死んでいたら良かった。子どもだけ病気で死なせて、私の罪を思い知らせるために、あなたは来られたのですか」と訴えました。エリヤは死んだ子どもを連れて2階の部屋に入り、3度子どもの上に身を伏せて、「神様どうか、この子供を生き返らせてください」と大声で祈りました。すると祈りは聞かれ、子どもは生き返り、この女性は神を信じたのです。
Ⅱ.「聖書のポイント」
本日の聖書のポイントは何でしょうか。エリヤは、神のことばに従って、恐れずアハブ王に宣言しました。また、神のことばに従って、ケリテ川やシドンのツァレファテに行き、すべて神に委ねました。神を信じるということは、私たちが、神のみことばに従って挑戦することです。そこに、神の恵みが待っているのです。
Ⅲ.「神の人として生きる」
では、本日の聖書をまとめたいと思います。そして、私たちの生活に生かそうではないでしょうか。皆様は、何か神のことばに従ってやってみられたことがあるでしょうか。
ですから、私たちも神の人エリヤのようにさせていただこうではありませんか。
信仰とは、主のことばに聞き従い、明け渡し、挑戦することなのです。主のことばを聞かないでは、みわざは起こりません。主のことばを聞いても、自分中心に考えて明け渡さないなら、みわざは起こりません。明け渡しても困難が起こると逃げ出すなら、みわざは起こりません。だから祈りをあつくし、主のことばに聞き従い、明け渡し、挑戦しましょう。その結果、主のことばが真実であることが証しされるのです。神の人として生きるために必要なことは、「信仰の人」、「従順の人」そして「挑戦の人」として生きることなのです。
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